カイロプラクティックへのこだわり

骨格図 スミトの整体院 | 春日部市の整体

首・肩・手首・腰・膝・足首、私自身かなり身体を痛めてきました。

特に痛めてしまったのは頸椎(首の骨)です。

複数回にわたるムチウチの結果、慢性的な肩こり・首こりは勿論、キツい頭痛に悩まされていました。

お医者さまには「頭痛とは上手く付き合っていくしかないね」と言われ諦めていましたが、それを救ってくれたのが師匠にあたる故大輪紀代志氏のカイロプラクティックでの頸椎矯正でした。

師匠の他界後、他院のカイロプラクティックでの頸椎の矯正を受けると、矯正がかかる時の苦しさ・痛み・が感じられ、アメリカ発祥の手技なので、日本人の体格には少しキツいのでは?

実際、私が体格の良い外国の方へ頸椎の矯正をする時は、矯正方法や、テンションのかけ具合は全然違います。

逆に、症状の度合よってはテンションが弱すぎるのでは?

など疑問に感じていました。

そこで何とか日本人の体格に合い、尚且つ症状に対しアプローチが的確にかけられる頸椎の矯正はできないのか?、師匠の頸椎の矯正以上に良い方法はないのか?、と臨床に臨床を重ね、スミトの整体院独自の頸椎の矯正を確立。

それを1人でも多くの首痛と頭痛に悩む方の手助けになれたらと思い、日々頑張らせていただいております。

カイロプラクティックとは

カイロプラクティック(骨格矯正)とは、骨格の歪み、特に脊椎(背骨)の異常を手技によって矯正することで神経の働きを回復する治療法です。

カイロプラクティックの定義

筋骨格系の障害とそれが及ぼす健康全般への影響を診断、治療、予防する専門職であり、関節アジャストメントもしくは脊椎マニピュレーション(アジャストメント)を含む徒手治療を特徴とし特にサブラクセーション(神経系の働きを妨げ生理学的変化を起こす因子)に注目する。

分かりやすく言えば

骨格の歪み、特に背骨の異常を手技によって矯正することで神経の働きを回復する治療法です。

すなわち人間の体を主にコントロールするのは脳から伝達される神経でありその働きがよくなれば、自然に人は症状の改善とともに健康になるという訳です。

カイロプラクティックのはじまりから日本での発展

D.D. Palmer (March 7, 1845 – October 20, 1913)  スミトの整体院 | 春日部市の整体

  • カイロプラクティックの生みの親
    D.D.パーマー
    ダニエル・デービッド・パーマー

D.D. Palmer (March 7, 1845 – October 20, 1913)  スミトの整体院 | 春日部市の整体

  • パーマーと当時のカイロプラクター

D.D. Palmer (March 7, 1845 – October 20, 1913)  スミトの整体院 | 春日部市の整体

  • 施術(アジャスト)風景

D.D. Palmer (March 7, 1845 – October 20, 1913)  スミトの整体院 | 春日部市の整体

  • トロント・ポート・ペリーにある公園「Daniel David Palmer Park」の記念モニュメント

カナダ生まれの米国人、D.D.パーマー(ダニエル・デービッド・パーマー)によって1895年(明治28年)によって創始された徒手療法です。
彼が設立したアイオワ州ダベンポートにあるパーマー・スクール・オブ・カイロプラクティックを卒業した川口三郎(かわぐち さぶろう)によって、1916年(大正5年)に日本へ伝えられました。

日本人最初のカイロプラクターは1907年にパーマースクールを卒業した森久保繁太郎(もりくぼ しげたろう)ですが、彼は卒業後、米国で生涯を過ごしました。

その後、かなりの数の日本人が米国へ留学しましたが一時途絶え、1961年、戦後初のカイロプラクター、竹谷内一愿(たけやち かずよし)がナショナル・カレッジ・オブ・カイロプラクティックを卒業し帰国しました。

その後、多くの日本人がアメリカでカイロプラクティックを学び帰国し日本へその理論と技術を伝えました。

現在では日本国内でも日本語で、アメリカや海外で行われている国際基準のカイロプラクティック教育が学べる環境が整っています。

今日、世界80ヶ国以上に広まりアメリカやイギリスなど34の国と地域で法制化され、国連のWHO(世界保健機関)では鍼灸とならび認められている国際的ヘルスケアなのです。

ただ残念ながら未だに日本では法制化されていません。